山田養蜂場運営の研究拠点「山田養蜂場 健康科学研究所」が発信する、情報サイトです。ミツバチの恵み、自然の恵みについて、予防医学と環境共生の視点から研究を進めています。

予防医学とは

あなたとあなたの大切な人の健康を守る「予防医学」。
ここでは、日々の生活で実践できる、
「予防医学」を紹介します。

飽食の時代と疾病の変化

みなさんも、よくご存知のとおり、現在日本は世界トップレベルの長寿国となりました。しかし、今、単に長生きするだけでなく、健康に長寿を全うするという考え方が広がっています。この背景には、平均寿命が延びても、心臓病や脳梗塞、また骨折などで寝たきりになったり、認知症などで、自立して健やかな生活を送ることが困難な高齢者が増加している状況があり、このことに対する問題意識が高まっていることが挙げられます。内閣府の調査においても、介護保険制度で「要介護者」と認定された 65 歳以上の人数は、2008 年度末で 452.4 万人に昇り、2001 年度末から 164.7 万人増加していると報告されています。日本のこの状況は、戦後の食文化をはじめとする生活の多様化による疾病構造の変化も少なからず影響していると考えられます。

我が国の疾病統計によると、1900年代前半から戦後まもない頃までは、日本人の死因は「結核」、「肺炎」、「胃腸炎」が上位 3 位を占め、急性感染症への対策が国の急務でした。そこで、国民皆保険に加えて種々の法律が制定され、感染の拡大防止から治療までの積極的な取り組みとして、上下水道の整備、栄養管理、予防接種、抗菌薬をはじめとする治療の進歩により、多くの感染症から人々の命を守ることが可能となりました。

その後、我が国は高度成長期を経ていわゆる「飽食の時代」を迎え、便利で食べ物に困らない世の中になりました。その一方で、少子高齢化などの社会構造、化学物質などによる環境汚染、また、食べ過ぎ・飲み過ぎ・偏食、運動不足、睡眠不足などの生活習慣の乱れ、さらには子どもにまで及ぶストレスや慢性疲労の増大など、生活環境や生活習慣の著しい変化が私たちの健康を蝕むようになっています。

例えば、1960年代以降の三大死因は大きく変わり、現在は、第1位「悪性新生物(がん)」、第2位「心疾患」、第3位「脳血管疾患」となり、ワースト3からかつての感染症は消えました。どのような病気に罹っているかを表す疾病罹患率も、高血圧、糖尿病、歯周病など、生活習慣に関連した疾患が上位を占めています。また、小児においても、肥満などの生活習慣病やアレルギー疾患、さらにはうつ病などが増えています。

感染症が深刻であったときには、“体の外にいる微生物等”が退治すべき“敵”でしたが、過食や運動不足等による生活習慣病が深刻な問題である現在は、“自分の中に敵”がいるので、退治するのが難しくなったと言っても過言ではありません。
このような疾病構造の変化により、医療費は高騰し、医療保険制度や年金制度も崩壊寸前になり、国は新たな健康危機への方策を立てなければならなくなりました。

もはや世界基準とも言える予防医学

アメリカにおいても 1900年代後半から生活習慣病(当時の成人病)が国としての深刻な問題となり、1979 年、米国保健福祉局(HHS)が中心となり、乳児、子ども、未成年、成人、高齢者の5つのライフステージ別に目標を設定した「ヘルシーピープル」が公表されました。その後も、10 年毎に実状に合わせて見直され、国民の間にも広がりながら現在に至っています。その結果は大きな成功を収め、1994 年頃からがんは減少傾向に転じ、当時 50%を越えていた喫煙者数も、現在では 20 %以下となっています。「ヘルシーピープル」は疾病予防への取り組みとして若い世代の健康への意識を高めるだけではなく、その成果として医療費の圧迫が軽減され、高齢者ひとり一人への十分なケアに取り組むことが可能になりました。

このアメリカの経験は、病気になってから治療するのではなく、健康なうちに、病気にならないよう予防することが、個人が健康に長生きするために、また、健全な社会のためにも、いかに重要であるかを名実共に教えてくれたとも言えます。このような、“日頃から病気になりにくい体をつくる”という考え方や、その考え方に基づいた健康のための実践こそ、“予防医学”の原点と言えます。
日本でも、かつて成人病と呼ばれていた慢性疾患(高血圧症、2 型糖尿病、高脂血症、動脈硬化症、痛風の原因となる高尿酸血症など)が1996年に厚生省(現厚生労働省)により「生活習慣病」と命名され、一般の人々に広く知られるようになり、その対策が講じられています。そして、2000年からは健康で明るい高齢社会を実現することを目標に掲げた「21世紀における国民健康づくり運動」、いわゆる「健康日本21」が始まりました。その骨子は、急速に進む高齢化社会において、生活習慣を改善して疾病の危険因子を減少させたり、健康診断等を充実させることによって、健康寿命を延ばし、生活の質の向上を図ろうという考えで、まさに予防医学の概念そのものが中心となっています。しかし残念ながら、この政策は、がん対策等について未だアメリカの例ほど成功したとはいえない状況です。

日頃の「予防」は名医いらず

「予防」はまずひとり一人が始めることが大事です。そして、家族、さらには地域や社会全体での取り組みがあってこそ、より多くの成果を引き出すことができます。
例えば、日頃の食事の量や栄養のバランスが適当だろうと思っていても、年齢や生活活動強度(1日にどのくらいエネルギーを消費しているのかの目安となるもの)を顧みると、実は食事の量が多すぎたり、栄養素が偏っていることもあります。ごく当たり前と思っている自らのライフスタイルを改めて見つめ直して、何らかの問題点を発見し、軌道修正できれば、今のみならず未来の健康を守ることにつながることでしょう。

また、医療費が削減されていく中、生活習慣病の検診や保険診療の充実が進められている事実も、予防医学を推進しようとする社会の姿勢があるからこそと言えます。私たちひとり一人が社会の仕組みを活用し、積極的に禁煙する、健康診断を受診するといった一つ一つの積み重ねによって、「予防医学」を基盤とした「健康に長寿を迎えられる」社会が実現するのです。 古くから中医学には、上医は未病を治(じ)すという考えがあります。最上の名医は、未だ病になっていない健康なときから病の兆候を察知し、病気にならないよう対策して治すという意味です。食生活などにより病気を予防する考え方を含んだものです。
古くも新しくも、「予防医学」は最先端医療に匹敵し、いかなる名医でも治せない病を未然に防ぐ力を秘めています。重い病気を治すことのできる名医は本当に有り難い存在ですが、名医にかかる必要がなければ、もちろん、それに越したことはありません。だからこそ「予防」が必要なのです。日頃からの「予防」は名医いらずといっても過言ではありません。

今こそ求められる予防医学

社会構造や生活環境が大きく変遷している現代の日本。私たちは先人達が築き上げた健全な日本を継承し、健康先進国と呼ばれるアメリカの「ヘルシーピープル」で実証された「ひとり一人の心がけで実現する予防医学の力強さ」と融合させて、健康で長寿を迎えられる社会を作っていくべき時を迎えています。
「予防医学」の実践の場は、医療機関ではなく、家庭や学校、職場など、日常生活の場であり、多くの人々が、わかりやすく、実践しやすく、そして確かな情報を求めています。
「予防医学」こそ、あなたとあなたの大切な人の健康を守る第一歩なのです。

今回は、わが国に疾病構造の変化やその対策と今後の課題など、予防医学の総論について触れました。次回は、話を各論にすすめ、「予防医学と食生活改善」について皆さんと一緒に考えてまいりたいと思います。

参考資料