山田養蜂場運営の研究拠点「山田養蜂場 健康科学研究所」が発信する、情報サイトです。ミツバチの恵み、自然の恵みについて、予防医学と環境共生の視点から研究を進めています。

山田英生対談録
予防医学 ~病気にならないために~

第二回「世界の食文化」

南の島に食のグローバル化

山田

この前、南太平洋に浮かぶ島国、ツバルに行ってきました。ここは、海抜が最高でも5メートルしかなく、地球温暖化による海面上昇で将来、島が沈むのではないかといわれているところなんです。

家森

今、話題になっている国ですね。

山田

ええ、そうです。人口も 9,600人ちょっとですから、私が住んでいる岡山県鏡野町とたいして変わりません。きれいなサンゴ礁で覆われた島なんですが、現地に行って驚きました。島と島の距離が100キロも離れていますからある意味、自然の中での暮らしを想像していたのです。海に囲まれ魚も多く、バナナやココナツなどのトロピカルフルーツ、キャッサバなど自然の食材を現地の人たちは、ふんだんに利用しているのかと思っていたら、そうではないんですね。オーストラリアやニュージーランドが近いうえに、イギリスからも援助してもらっているのでしょう、缶詰や肉など塩分の濃い保存食ばかりが氾濫していました。当然、みなさん太っているんですよね。こんなに自然が美しいのに食生活は欧米型。遠く離れたこんな島にも食のグロバリーゼーションが押し寄せているのかと正直、ガッカリしました。

失われたアボリジニの食文化

家森

同じことは、オーストラリアの原住民、アボリジニについてもいえますね。彼らは世界一、生活習慣病が多いのです。なぜ多くなったかを理解すれば今、食の世界で何が起きているかが、よくわかります。調査してみると、その結果に唖然としました。20代後半から肥満が始まって40歳では3人のうち2人が高血圧や糖尿病などに悩まされ、50歳代では9割の人が何らかの病気を抱え、実際に亡くなっている方も結構おられましたね。

山田

信じられませんね。どうしてですか。

家森

元々、彼らはメルボルン近くの肥沃な海岸沿いの大地で暮らしていました。世界最大級の一枚岩「エアーズロック」を聖地として崇め、移動しながら木の実を拾い、貝など海の幸をとって暮らしていました。しかし、18世紀以降、入植してきた欧米人たちがそんな彼らの生活を奪ってしまったんです。土地を取り上げられて以来、彼らは保護の名の下に、砂漠に近い居留地に押し込められ、メリケン粉(小麦粉)、砂糖、ラードと塩を与えられて生活してきました。赤ちゃんの離乳食がメリケン粉と砂糖ですよ。

山田

それはひどい。

家森

しかも、衛生状態が悪いといって赤ちゃんを無理やり都会に連れ出し、女の子は家事の小間使いに、男の子は牧童として劣悪な条件で働かせられたのです。健診した60%は親が分からない状態です。今は、栄養過剰な都会に住んでいる人も多く、ファーストフードも食べていますから健康状態がよいわけがありません。平均寿命も男性は52 歳、白人より20歳短命です。その一方で、もっと海岸寄りのところでは、80歳、90歳の人が元気に暮らしています。このあたりには貝塚が残っており、ため池のようなものもあります。ここでは8000年前からウナギの養殖を行っていたらしく、今もウナギのめざしでつくる薫製がアボリジニの名物料理になっているくらいです。

山田

8000年も前から人工的な養殖を行っていたなんて驚きですね。当時からすばらしい食文化も持っていたんですね。

家森

しかも、どんな木の実を拾い、どんな草を食べたらよいかについても、みんな知っていました。

山田

狩猟採集民として生きてきたわけですから自然の中で暮らす術は、よくわかっていたんでしょうね。欧米人が入植するまで彼らは自然界と調和しながら、あの独特な壁画や絵画、楽器に見られるような極めて精神性の高い文化を築いてきました。それが欧米人たちによって土地を奪われ、感染症の蔓延や虐殺なども加わって崩壊の一途をたどってきたのですよね。アボリジニの固有の文化は、欧米人の侵略によって破壊されたといっても過言ではありません。そんな彼らを救うには、どうしたらいいのでしょうか。元はといえば、山や海、川、砂漠などで自然と共生し、暮らしてきた民族です。自然相手に自立することができれば一番いいと思いますけど。

家森

そう思いますね。彼らの健康状態を改善するためにどうしたらいいか。まず我々が考えたのが大豆でした。良質のタンパク源であり、病気予防に有効なイソフラボンも含まれています。その大豆を自ら育て、食べてもらえれば生活習慣病も解消するはずなんです。

山田

いい考えですね。大豆の栽培は、そんなに難しくはないでしょうから。

家森

それと、山田さんには養蜂の技術をぜひ彼らに伝えていただけたらうれしいですね。ハチミツは、健康のために人類が古来から愛用してきた非常に価値の高い産物です。幸い現地には菜の花も咲いていました。山田さんの会社では、日本でも最高水準の養蜂技術を持っておられますから、その技術を彼らに教えていただければ、現地での養蜂も可能ではないかと思います。あの大自然の中で、アボリジニの人たちがハチミツをつくれたら、健康面の改善だけでなく経済的にも自立できるのではないでしょうか。

山田

なるほど。ぜひ、私どもで支援が可能か検討してみましょう。また、養蜂に限らず日本が持っているすばらしい技術と知恵、文化を世界の困っている人たちに役立てることは大事なことだと思います。

家森

そのとおりです。

山田

以前、北極圏で暮らすイヌイットがファーストフードを食べるというテレビの映像が話題になりました。彼らはアザラシを捕獲し、その肉は食料に、毛皮は衣服や靴に、脂肪は燃料に利用して暮らしてきました。アザラシさえいれば、生活していけるといわれていましたよね。特に食生活は、脂肪の摂取量が多いうえに、野菜はあまり取らない。それなのに心筋梗塞をはじめとする生活習慣病が少ないことで注目されました。彼らはアザラシの血を飲んでビタミンを補給していると聞いたこともあります。 1年のほとんどを雪と氷に閉ざされた生活の中で、環境にうまく適応し、健康を維持してきたんですね。

取り入れたい優れた食文化

家森

アザラシをはじめとする海獣の肉には、魚と同じように不飽和脂肪酸がたくさん含まれており、コレステロールを抑え、血管を詰まらせないために心臓死が少ないことが食生活からもわかりました。イヌイットの人たちには環境や風土に適応したすばらしい食文化があったのです。ですから日本人は、日本の食文化を大事にするとともに世界中の民族の優れた食文化を取り入れていけば、これからの少子高齢社会も明るいものになっていくと思いますけどね。

シルクロード民族で寿命に差

山田

食文化といえば、中国のシルクロードでも民族によってだいぶ違うと聞いたことがありますが、平均寿命も民族によって差があるんですか。

家森

ありますね。新疆きょうウイグル自治区にはいろんな民族が暮らしていますが、長寿なのは、ウイグル族が多く住んでいるトルファンとホータン、短命なのはカザフ族が多いアルタイですね。その違いを知りたくて我々は、調査をしました。アルタイのカザフ族ではナトリウムの摂取量が多く、カリウムが少ないのです。彼らはアルタイ山系で遊牧しながら暮らしています。ヒツジ中心の生活で、肉だけでなく脂やミルクなどすべてを利用しています。お茶の中にバターや塩を入れるバター茶や塩茶もよく飲み、野菜や果物はあまり食べませんね。遊牧生活のため畑で作物がつくりにくいうえに、「野菜はヒツジが食べる草であって、人間が食べるものではない」というのが理由のようです。

山田

考え方の違いでしょうか。

家森

だから塩分の摂取量が多く、血圧が高い。当然、短命で50歳代で亡くなる人も多く、60歳以上の人はあまり見かけなかったですね。

山田

よく中国の内モンゴル自治区に行きますが、あそこも遊牧で暮らしている人が多く、家庭料理をいただいても塩味の強いヒツジの肉が多いですね。

栄養バランスよい「ボロー」

家森

確かに脂っぽい肉は健康によくありませんが、塩との組み合わせが最悪なんです。塩辛く脂っぽいものを食べますと、脂肪やコレステロールがどんどん吸収されやすくなって肥満になり、動脈硬化につながります。塩分も多量に取るから高血圧になり、高脂血症や糖尿病などの生活習慣病にもなりやすいんですね。

山田

ウイグル族の食生活は、どうなんですか。

家森

同じ新疆きょうウイグル自治区にありながらアルタイに住むカザフ族とは、だいぶ違っていました。トルファンやホータンは砂漠の中のオアシス都市。かつては彼らもカザフ族と同じ遊牧民でしたが、いつしか定住したんです。100歳以上の元気なお年寄りも珍しくありませんが、その長寿の秘訣の一つは、天山山脈からの雪解け水にあるようです。砂漠で20メートルごとに井戸を掘り、地底でつなげた地下水路なんですが、「西遊記」の三蔵法師が経典を求めてシルクロードを旅した際、この地に立ち寄ったときには、すでに存在していたといわれています。

山田

そんなに昔からあったんですか。驚きますね。

家森

この豊富な水を利用して野菜や果物を栽培しているんです。紫外線が強いのでウリなどの野菜やブドウなどおいしい果物もたくさんとれます。この野菜を、特にニンジンや玉ネギ、干しブドウなどをふんだんに使いながらヒツジの肉やコメを入れて炊き上げた「ボロー」という混ぜごはんの栄養バランスがとてもいいんです。そして「ボロー」と一緒に食べるのが、ヒツジの肉を串焼きにした「シシカバブ」。肉の脂を落としているうえに、塩の代わりにカレー味の香辛料を添えて彼らは食べています。しかもお茶にはバターを入れません。塩分の取りすぎを抑えているから高血圧になったり、動脈硬化にはならないんですね。

山田

なるほど。たしかに、カレーは抗酸化力が強いんですね。

家森
大家族が食卓を囲むウイグル族の食事風景。いつも食卓の中心にいるのはお年寄りだ。

大家族が食卓を囲むウイグル族の食事風景。いつも食卓の中心にいるのはお年寄りだ。

はい、その通りです。とにかく、ウイグル族の人たちは、ナトリウムの害を打ち消す野菜や果物など自然の恵みを食生活に最大限に生かしていました。

山田

チベットでも調査されたと伺っていますが、あそこは自然条件の厳しいところですから、食材にも限界があるでしょうね。

家森

チベットの人たちは、富士山の頂上とほぼ同じくらいの海抜380 0メートルのところに住んでいます。もちろん野菜や果物はほとんどとれませんから塩分の多い保存食に頼らざるをえません。バター茶や塩茶も1人あたり1日平均4リットルも飲みます。だから食塩の摂取が多く、高血圧の人が驚くほど多いのです。世界平均では50歳代前半のうち2割が高血圧なのに、ここでは倍の 4割の人が高血圧なのです。しかも最高(収縮期)血圧が200を超えている人はざらにいます。塩分の取りすぎに加え、バターも多量に取っていますから高血圧になるのは当然なんですね。突然亡くなられる方も多いですよ。

山田

そんなに突然死が多いとは知りませんでした。たんぱく質は取らないのですか。

大豆代わりにチョチョスを

家森

彼らは戒律の最も厳しいラマ教の信者で、「殺生してはならない」との教えを固く守っています。この国では人が亡くなると、位の高い一部の人は鳥葬にし、あとは水葬にするのがふつうです。だから鳥はヒヨコにいたるまで食べないし、魚は湖や川にはたくさん泳いでいるのに、先祖の魂が宿っているからといって、まったく口にしません。食べていいのは、ヤクの肉だけで、しかも塩漬けなんです。

山田

短命から救う方法はないのでしょうか。

家森

私たちの世界調査でも、魚を食べている地域の人は肥満度、血圧、コレステロール値が低いことがわかっていました。だからチベットの人にも何とか魚を食べてもらおうと、考えました。先祖の魂とは関係のない日本の養殖技術を生かし、イワナの養殖を勧めたのですが、これも「魚の形をしている」との理由で断られてしまいました。次に思いついたのが、大豆でした。

山田

大豆ですか。

家森

そうです。しかし、大豆は 2300メートル以上の高地では育ちません。そこで目をつけたのが、南米ペルーの「チョチョス」という野生の豆でした。海抜3000~4000メートルの高地でも育ち、それを食べている現地の人も高血圧が少なく、健康な人が多いと聞いていました。この豆は幸い、北海道の農業試験場で栽培し、育ったことがわかりました。そこでWHOの代表の方にチベットに持っていってもらいましたが、その後、どうなったか確認できていません。アンデスのチョチョスがチベットで育ち、みんなの健康に役立ってくれれば、と願っているんですが。

山田

世界の知恵や文化に光を当て、人類の健康に生かすことができたら、こんなにすばらしいことはありませんね。

(企画制作、写真提供:毎日新聞社広告局)

家森 幸男(やもり・ゆきお)

1937年、京都府生まれ。島根医科大教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て、現在、WHO循環器疾患専門委員、武庫川女子大学国際健康開発研究所長、ハーバード大学客員教授、京都大学名誉教授など。98年紫綬褒章。脳卒中ラットの開発者として世界的に知られる。「長寿の秘密」「大豆は世界を救う」など著書多数。