山田養蜂場運営の研究拠点「山田養蜂場 健康科学研究所」が発信する、情報サイトです。ミツバチの恵み、自然の恵みについて、予防医学と環境共生の視点から研究を進めています。

山田英生対談録
予防医学 ~病気にならないために~

第六回「医師が糖尿病になった 糖尿病体験記-6」

フルマラソンに挑戦

山田

先生が「糖尿病」の診断を受けられてから、だいぶ経ちました。 薬を使わずに厳しい食事管理と運動で血糖を上手にコントロールされて来られたわけですが、今、こうして目の前におられる先生を拝見していますと、とても重い糖尿病を患われた方とは思えないくらい若々しく、お元気そうに見えますけど…。

渡邊

ありがとうございます。確かに、食事と運動で血糖をコントロールするうちに体重も減り、異常だった検査値もほとんど改善しました。驚いたのは、当時、抱えていた高血圧症や高脂血症、脂肪肝などもすっかり解消し、免疫能も上がったせいか、頑固な水虫も自然に治り、風邪も引かなくなりました。元はと言えば、私の不摂生が原因で招いた病ですが、糖尿病になる前よりも今のほうが、はるかに元気になったと自分でも思います。

山田

スポーツも、かなり楽しんでおられるようですね。

渡邊

勤務先が国立がんセンターから東京農業大学に移ってからは、学生たちと一緒にマラソンを始め、国内の大会だけでなくホノルルマラソンにも挑戦し、4回完走しました。趣味の登山も、若い頃はアフリカやコーカサスの山を登っていたのですが、数年前にはヒマラヤの「カルション」(6674m)という未踏の山に、学生時代の山岳部の仲間7人と登りました。学生時代に水泳や登山に慣れ親しんでいたとはいえ、あれほど重い糖尿病に苦しんでいた私がここまで回復できるとは、正直言って自分でも信じられない気がします。

山田

ジョギングするだけでも大変なのに、フルマラソンを完走したり、ヒマラヤに登られるとは、本当にすごいですね。

時には、食べ過ぎも

渡邊

でもね、問題がまったくないわけではないんですよ。最近は、糖尿病と宣告された頃の緊張感がやや薄れたのか、おいしいものだと腹いっぱい食べてしまうことがよくあるのです。元々、大の甘党で、今でも好物の饅頭やクッキーなどをいただくと、すぐ、手が出てしまいます。やはり、「食べ過ぎたなぁ」と思った時は、血糖値も上がりますね。それでも何とかうまく血糖をコントロールできているのは、食べた後、室内でエルゴメーター(室内自転車)を漕ぐなどして血糖を下げているからでしょう。自分で血糖値をまめに測ることは、大事なことですよ。

山田

糖尿病では、血糖値が上がらないように、「食べ過ぎない」、「偏食しない」、「体を動かす」などの自己管理が重要と言われています。しかも、発症したら10年、20年と気の遠くなるような長期にわたって毎日、厳しい食事管理などを続けなければなりません。辛くて根気のいる養生ですが、怖い合併症を避けるためには、それを継続する強い意志と辛抱強さが必要となりますね。

病とともに一病息災

渡邊

残念ながら糖尿病は、いったん発症したら、薬剤に頼って血糖をコントロールをするだけでは完全に治せる病気ではありません。患者さん本人も、病気と上手に付き合って「一病息災」で生きてゆく、という覚悟を持つことが必要でしょうね。

山田

一つくらい持病があった方が、かえって無病の人よりも健康に注意し、長生きできる、という考え方ですね。

渡邊

はい。私も、食事と運動で健康を取り戻すことができ、「一病息災」という言葉を身をもって実感できるようになりました。糖尿病になる前は、一病息災という言葉には、「病気を抱えて生きる」という、どちらかといえば悲観的な、マイナスのイメージを感じていましたが、糖尿病と付き合う生活を送るうち、健康をより深く考えることができるようになり、一病息災にはもっと積極的な意味があるように思えてきました。

山田

どんな意味ですか。

渡邊

つまり、「自分の体の深いところを眺め、自分の体と語り合うことによって、より健康を手に入れる」というプラスのイメージが、「一病息災」の言葉にはあるように思えてきたのです。その点から言えば、私が糖尿病になったのも、決してマイナスなことばかりではなく、いろいろ学ぶことができて、逆に今では糖尿病を体験できてよかった、とさえ思っています。

山田

なるほど。一病息災という言葉は、そのような意味に捉えることもできるのですね。確かに、健康の大切さは、失ってみないとなかなか分からないものですし、病気になった人でないと、健康の有難みもなかなか実感できないかも知れません。病があっても、病気と二人三脚で上手に付き合いながら人生を豊かに実りあるものにしていきたいものです。一病息災も東洋医学的な発想だと思うのですが、これからの医療が「治療中心の時代」から「予防中心の時代」へと向かう中で、東洋医学が今、世界的に注目されていますね。

統合医療の道に期待

渡邊

私は病理医として、西洋医学を学んできたのですが、多くの慢性疾患は、患者さんの「こころ」もケアする必要があり、西洋医学の考え方だけで解決するのは、なかなか難しいのではないか、と思ってきました。特に糖尿病、高血圧症、高脂血症などは、食生活が密接に絡んでいるのに栄養学を勉強して、食事の効果を正しく知っているお医者さんがほとんどいないのには、本当に驚かされます。栄養学が医学教育に含まれていない弊害ですね。

山田

病気になるのも治すのも、食生活や栄養学が深く関係しているのに、現代医学の中からそれが抜け落ちているのは、不思議な気もします。

渡邊

そう思うでしょう。私は長年にわたり、食育にも取り組んできましたが、子どもの心は、食環境によっていかようにも変わっていくものであることを実感しました。これまでの西洋医学には、心の健康に対する考え方が、ほとんどなかったといってもよいでしょう。だから、心の病にもクスリで何とかしようという発想になり、最近は向精神薬の過剰投与が問題になっています。

山田

西洋医学は、治療が主たる目的の対症療法ですから、目先の症状がとれれば良しとするところがありますね。

渡邊

慢性疾患の場合には、薬をもらう時に、医師や薬剤師さんから「この薬は、生きている限りずっと飲み続けてくださいね」と念を押される場合もあるでしょう。患者さんの中には、言われた通りに薬を飲み、血糖値が下がって、低血糖発作が起きかねない状態になっても、まだ飲み続けている人もいます。高血圧症でも、最高血圧が100mmHgを切っても、飲み続けている人が珍しくありません。がんでは、一応治癒とみなされる状態を「寛解期」といっていますが、糖尿病や高血圧症などの場合も、数値が正常レベルに達したらいったん薬の服用は止めて、マクロビオティックのような食養生に変えてみるのもよいと私は思いますね。

山田

それは、いい考えですね。医療費の節約にもなるでしょう。高い薬だと結構、本人負担も大変です。

渡邊

生薬が主体の漢方薬は、特に慢性疾患に優れた効果を示しますが、比較的安い値段で、そのマイルドな効き方が役に立つケースもあり、がん治療でも漢方を併用する医師が増えてきました。私は最近、西洋医学のよい点と東洋医学の良い点を融合させた統合医療を考えています。患者さんの側にも、西洋医学で病気がよくならない人に統合医療への関心が高まっています。たとえば、がん治療では、患者さんの中には、「ワラにもすがる思い」で健康食品や漢方、鍼灸、気功などの代替医療を利用されている方がおられます。やはり、最新の医学を駆使しても治せない病気があり、私も病気の種類によっては、それぞれの特徴を組み合わせた統合医療の道があるのではないかと思っています。

山田

確かに、これまでの西洋医学は最新の科学技術を駆使し、ワクチンによる感染予防や外科手術、臓器移植などの分野で大きな力を発揮し、私たちも恩恵を受けてきました。でも、生活習慣病や加齢に伴って起こる更年期障害や老化などは、人間の体をトータルでケアする東洋医学のほうが効果的だと指摘する人もいます。日本でも統合医療に本腰で取り組む傾向が出てきたことは、大いに歓迎すべきことでしょう。

渡邊

同感ですね。

生死を考える一歩に

山田

ところで、先生は、糖尿病を体験されて、ご自身の考え方やものの見方は変わりましたか。

渡邊

大げさに言えば、診断された時は死を意識しましたから、「残りの人生は、もうけもの」「天からいただいたもの」というように人生観が大きく変わりました。一病息災の心境に達し、日々無事に生かされていることをありがたい、と実感しています。

山田

大病を患うと、これまでの半生や行く末についてもいろいろ考えますからね。

渡邊

私も、まだ50代に入ったばかりでしたから、悲観的になったこともありました。でも、糖尿病になったのを機に糖尿病についてもっと知ろうと研究を続けた結果、健康に与える食事の重要性に辿り着き、栄養学を本格的に研究するきっかけにもなりました。人は誰でも一度は死ぬものです。悔いのない人生を送るため、万が一、病気になっても、無為に過ごさず、一歩立ち止まって、今後どのように生き、どのように死ぬかを真剣に考えることが大事ではないでしょうか。そうすることによって、その後の人生は、より有意義で密度の濃いものになっていくでしょう。

渡邊 昌(わたなべ しょう)

1941年平城生まれ。医学博士。慶応大学医学部卒。国立がんセンター研究所疫学部長、東京農大教授、国立健康・栄養研究所理事長などを経て、現在生命科学振興会理事長。日本総合医学会会長。「食事でがんは防げる」など著書多数。