山田養蜂場運営の研究拠点「山田養蜂場 健康科学研究所」が発信する、情報サイトです。ミツバチの恵み、自然の恵みについて、予防医学と環境共生の視点から研究を進めています。

山田英生対談録
予防医学 ~病気にならないために~

第三回「医師が糖尿病になった 糖尿病体験記-3」

仕事帰りに週3日泳ぐ

山田

糖尿病の治療では、何よりも食事と運動が基本と聞いています。先生は「糖尿病」と診断されて以来、徹底したカロリー制限とバランス食で、血糖値を上手にコントロールされてこられました。治療のもう一方の柱である運動面では、主にどのようなことに取り組んでこられたのですか。

渡邊

糖尿病と宣告されるまでは、多忙をいいことに運動らしい運動はしていませんでした。職場にいても体を動かすことといえば、研究所と病院の間を歩きまわるぐらい。それどころか、自宅から最寄りのJR国立駅までわずか1キロ程度の距離でさえ、タクシーを利用するという有り様でしたね。学生時代、山岳部に所属するなど、体力にはひときわ自信を持っていましたし、医師になってからも「医者は病気をしないもの」とたかをくくり、健康を過信していたのかも知れません。薬を使わずに食事と運動で血糖値をコントロールしようと決めた時、食事面だけでなく、運動面でも何かしなければと思い、それまでの生活習慣を見直す一方、できるだけ体を動かすことにしたのです。さっそく、自分で血糖値が測れる簡易血糖値測定器と歩数計を買い、1日1万歩を目標に歩くことにしました。

山田

そうは言っても、先生のように医師、研究者として多忙な毎日を送っておられたら、歩く時間を確保するのも、簡単ではなかったでしょう。

渡邊

確かに大変でしたが、工夫さえすればできるものですよ。まず始めたのが、それまで通勤に使っていた車をやめ、徒歩と電車に切り替えたことです。通勤の行き帰りは、1つ手前の地下鉄銀座駅で乗り降りし、1区間を歩くようにしました。駅や職場のエスカレーターやエレベーターも一切使わずにすべて階段を利用しました。お昼休みも、隣の築地市場までよく散歩に出かけ、仕事が終われば夜間、区民に開放されていた職場近くの小学校のプールで、週3日ほど泳いで帰りました。泳いだ後の気分は、実に爽快でした。

山田

生活ぶりがガラリと変わりましたね。

渡邊

歩けばカロリーも消費するし、そのほかの代謝バランスも回復する。筋肉の老化防止の面でも非常に効果があります。歩く習慣がつけば、体が自然と元気になっていく過程が実感でき、運動がさらに楽しくなりますよ。

山田

最近のサラリーマンは、夜遅くまで働いているせいか、運動するためのまとまった時間を確保するのが難しいようです。しかも、職場ではIT化が進み、パソコン相手のデスクワークが増え、筋肉を使う機会も減って、運動不足になりがちです。でも今、先生の話をお聞きして、誰でもちょっと工夫をすれば、日常生活の中でも、体を動かすことは十分可能だな、と思いました。

渡邊

そうですよ。

1年で体重が13kg減少

山田

私も、30代のころ、事業が急成長したため、早朝から深夜まで働きづめでしたが、さすがに40代になると、ストレスのせいか、眠れない、視力が落ちた、肩が凝る、などの不定愁訴が次々と出てきました。これではまずいと思い、少しずつ仕事の時間を減らしながらウォーキングや自転車、マシーンなどを使った運動を始め、自宅では1日1時間の運動と会社では仕事の合間にストレッチ体操を行っています。始めて10年になるでしょうか。

渡邊

それは、すごい。だれでも、運動を始めるのは簡単ですが、長期間、続けるとなると、結構難しいものです。私の場合は、高校で水泳、大学では登山と元々、スポーツをしたり、体を動かすことが好きだったこともあって、長続きしたのかも知れません。こうした運動と食事面での徹底したカロリー制限などを続けた結果、私の血糖値も、1~2ヵ月後には下がり始め、9ヵ月後には正常に戻りました。体重も1年間で13kgも痩せました。肥満解消にあわせ高血圧症や高脂血症、脂肪肝もどこかへ吹き飛んでしまいましたね。運動による血糖値改善の効果は予想以上でした。

効果的な有酸素運動

山田

ふつう血糖値をコントロールする場合、具体的にどんな運動をすればよ いのですか。

渡邊

体脂肪を燃焼させ、カロリーを消費させるには、ジョギングやウォーキング、水泳などの有酸素運動が適しています。でも、運動を始めたからといって、すぐに脂肪が消費されるわけではありません。筋肉に蓄えられているグリコーゲンがすべて消費された後に、脂肪が燃料として使われるので、20分以上継続して運動することが必要です。特にウォーキングは、だれでも気軽に楽しめますし、できれば食事が済んだ30分後に週2~3回以上行うのが望ましいでしょう。昼はだれでも、仕事や家事などで動いているからよいのですが、夜は夕食後に血糖値が上がったまま寝ると一晩中、血糖値が下がりません。血糖値が高めの人は、夕食後30分ぐらい運動をしてから寝ることをお勧めします。

山田

少しずつでも適度な運動を毎日、続けることの大切さがよくわかりました。ふだん近くへ買い物に行く場合でも、できるだけ車は使わず、歩いて行く。時々、ハイキングや家庭菜園を楽しむのもよいですね。毎日の炊事や掃除、洗濯も、考え方によっては立派な運動ではないでしょうか。日常的に、こまめに体を動かすことは、糖尿病をはじめとする生活習慣病の予防だけでなく、アンチエイジングのためにも効果が期待できそうですね。

渡邊

その通りです。最近、早朝や夕方にご高齢の方が歩いておられる姿をよく見かけます。それだけ健康を大切に思っている人が増えたのかも知れません。ただ、中年層は、働き盛りのせいか時間を取るのが難しいのでしょう。ご高齢の方に比べ運動する人は、まだまだ少ないようです。

自転車でストレス解消

山田

先生は、自ら糖尿病になられたことで、食事と運動の重要性を認識され、糖尿病を改善するための食事と運動の研究に力を注いでこられました。その後、請われて東京農業大学の栄養学の教授に転身され、大学では、ゼミの学生さんとともに、食事による血糖値の変化や、運動と血糖値の関係などについての研究を続けてこられたそうですね。その一方で、休日などにはマラソンやトライアスロンなど、よりハードな運動にも挑戦された、と伺っています。

渡邊

確かに糖尿病になる前よりも、なった後のほうが激しい運動をしてきたような気がします。大学に勤務していた頃は、自宅のある東京・国立市から大学のある世田谷区まで多摩川沿いの土手を往復約50㎞、自転車で通勤したこともよくありました。有酸素運動である自転車通勤は、血糖値を下げますし、何よりも季節の移ろいを感じながら自然に触れるのは、実に気持ちのいいものです。こうしたメンタル面での満足感は、ストレス解消には、もってこいです。

山田

健康への効果は言うまでもありませんが、自転車は、車と違い排気ガスを撒き散らす恐れもありません。環境への負荷も少なく、地球温暖化の防止にも役立ちます。渋滞に巻き込まれる心配もないでしょう。車に比べ、交通費、維持費の点でも経済性に優れていると思います。

食事と運動で健康体に

渡邊

ただ、日本の道は、車優先になっていて、ドイツやオランダ、デンマークのように歩行者や自転車で走る人のことを考えて造られていないのが、残念でなりません。そのために最近の日本では、歩行者と自転車の事故が急増しています。安全や健康のためにも、国をあげた環境づくりが必要でしょう。例えば、歩行者のために、夏でも木陰になる散歩道、自転車に乗る人のためには、安全で快適な自転車道などを整備してほしいものです。高速道路やリニア新幹線を造るのも結構ですが、まず人間優先の道を造るのが先決でしょう。高速道路を1㎞造る予算があれば、自転車道なら何十㎞分も造れるはずです。

山田

同感ですね。自転車が都市の交通機関として市民権を得ている欧州に学び、国は、事故を減らすためにも自転車専用レーンや、自転車、歩行者とも利用できる「自転車歩行者道」の整備をぜひ、進めてほしいものです。こうした道を自転車で走ったり、歩けば歩くほど糖尿病や高血圧症などの生活習慣病が予防でき、その分、医療費だって浮くでしょう。2005年度の厚生労働省の研究班の試算によれば、1人が1万歩を歩いた場合、医療費に換算すると約14円の節約になるとの記事を新聞で読みました。健康、環境、経済性などの面で優れたウォーキングや自転車をもっと積極的に日常生活に取り入れることも必要ではないでしょうか。

渡邊

そう思いますね。私もこれまで、いろんなことをやってきましたが、食事管理さえきちんとすれば、運動は夕食後に30分ほど散歩やエルゴメーター(自転車のペダル踏み)をするだけで十分であることがわかりました。重い糖尿病から健康を回復した私の経験から言って、糖尿病予備軍の人であれば、特に薬を使わなくても食事と運動で元の健康体を取り戻せると確信しています。ただ、その取り組みも一時的なものではなく、生活の一部として長く続けることが大切でしょう。 

渡邊 昌(わたなべ しょう)

1941年平城生まれ。医学博士。慶応大学医学部卒。国立がんセンター研究所疫学部長、東京農大教授、国立健康・栄養研究所理事長などを経て、現在生命科学振興会理事長。日本総合医学会会長。「食事でがんは防げる」など著書多数。