山田養蜂場運営の研究拠点「山田養蜂場 健康科学研究所」が発信する、情報サイトです。ミツバチの恵み、自然の恵みについて、予防医学と環境共生の視点から研究を進めています。

山田英生対談録
予防医学 ~病気にならないために~

第三回「未病治す中医学」

中国の家庭に浸透「医食同源」

山田

中国には昔から「人は食によって養われる」という言葉がありました。「医食同源」の根源となっている考え方ですが、やはり食養生は、生活医学の中でも根幹を成すものなんですね。

劉

未病を治す一番の方法は、毎日の食事と言っても過言ではありません。食べ物で健康を保つという考え方は、中国では3000年以上も前から「食養生」として伝えられてきました。中国の人たちにとって、「食は医なり」という医食同源の考え方は、毎日の食卓、食事の中で生かされています。中でも食生活のあり方、食生活のスタイルはもちろん大事ですが、健康のために「何を食べればよいか」もとても重要なことなんですよ。

山田

暴飲暴食、偏った食事、不規則な食生活といった食習慣は考えものですが、何を食べたら健康によいかは、誰もが一番気になるところですね。

劉

特に日本の女性は、関心が高いようですね。私はよく講演を頼まれるのですが、話が終わった後、質問を受けると、「確かに先生の話はもっともだけど、それでは一体、何を食べたらキレイになるの」と、会場からストレートに聞いてきますね。でも、ある食材が「健康によい」、「美容によい」からといって、ただそればかりを食べればよい、というものではありません。理想をいえば、いろんな食材をまんべんなく取るのが一番です。でも、体調が思わしくないときや食欲がないときは、体質にあった食材をぜひ選んでほしいですね。

山田

中医学では健康への第一歩は、自分の体質を知ることからはじまると言いますね。

劉

その通りです。私たちはみんな親も違うし、遺伝子も異なります。中医学では病気や未病の治療でも、その人の体質を重視します。例えば、医師から「1日1万歩を歩くように」と言われたら、1万歩がその人の体調にちょうど合っている人もいれば、1万歩を無理して歩いたために心筋梗塞を起こし、救急車で病院に運ばれた人もいます。この人の場合は自分の体質を考えずに、無理して歩いた結果、倒れたのでしょう。食事でもお茶でもそうですが、漢方薬を飲む場合でも自分の体質をまず見極めていただきたいですね。

山田

中医学では、人間の体には暑がりタイプの「熱証」と冷え性タイプの「寒証」があると言われていますね。食べ物にも体を温める作用の度合いによって「熱性」「温性」や、逆に冷やす作用の度合いによって「寒性」「涼性」があり、そのどちらにも含まれない「平性」の五性があることを知りました。こうした人間の体質と食べ物の性質の相性が健康にとって、とても大事なわけですね。

熱証の人に合う、寒・涼性の食材

劉

人にはそれぞれの「証」、つまり体質があり、食べ物にもそれぞれ特有の性質があるのは、山田さんのおっしゃるとおりです。これをよく知ったうえで、その人の体質や体調、症状に応じて食べることが何よりも重要です。例えば、熱証タイプの人はトマトやキュウリ、スイカなど「寒・涼性」の食べ物が合っていますし、逆に寒証タイプの人は、ネギやニラ、ショウガなどの「熱・温性」の食べ物との相性がいいようです。だから冷え性の人には、体を温める食べ物が向いています。それと季節の旬の食材をいただくことも、大事です。自然が生み出す旬の野菜や果物は、強い生命力を持っていて、体を癒す力があるといわれています。自然が育んだ旬の気を大いに取り込めば、体は元気になります。

山田

本当にそう思いますね。今、スーパーやデパートの食品売り場に行けば、本来なら夏の果物のはずのスイカやメロン、イチゴなどが真冬でも店頭に所狭しと並んでいます。便利さを追求するあまり、一年中何でも手に入るぜいたくな時代になりましたが、裏を返せば、旬のものが意識しづらい時代になったともいえますね。子どものころから「健康には旬のものが欠かせない」といった意識を持たせることが必要だと思いますね。

「楽しく食べる」薬以上の効果も

劉

それと、食養生を考えるうえで、もうひとつ大事なことは、おいしく楽しんで食べることです。私はこれを「楽食美人」と名づけ、多くの人たちに「楽しく食べましょう」と勧めています。「楽」は楽をするだけではなく、「エンジョイ」、つまり楽しむこと。最近の研究では、楽しいと人間の脳は活性化し、脳から消化器、循環器など体のすべてにいい刺激を与えることが、わかってきました。楽しく食べることは薬以上の効果があるといっても言い過ぎではないと思います。しかし、日本には、この「エンジョイライフ」、生活を楽しむという文化がどうも根づいていないような気がして、残念でなりません。

山田

民族性でしょうか。せっかちなんですよ、日本人は。例えば、立ち食いそば屋や駅前の牛丼店などでは、5分ぐらいで食べ終わって、次から次へとお客さんが出たり、入ったりしていますよね。ゆっくり味わいながら食べるのではなく、ただお腹を満たしているといった感じです。よくかまないで食べれば、胃への負担も重なり、肥満にもなりかねません。確かに安いし、忙しい人には便利なのもよくわかるのですが、もう少し余裕を持って楽しみながら食べたいものですね。昔は、時間をかけながら家族や仲間が食を楽しむ文化が日本にもありましたが、最近は廃れてきたような気がしますね。その点、ヨーロッパ、例えばフランスなどは、今でも地方都市に行くと、まだ子どもが小さい家庭では、昼食の時間になると、父親は仕事を中断し、会社から自宅に帰って家族と一緒に食事を取り、食べ終わったら、また会社に戻る人も多い、と聞いたことがあります。文化の違いでしょうか。

無視できない健康食品の力

劉

やはり食事のときは、好きな家族と一緒に楽しい話をしながら食べれば、それだけでも免疫力は上がります。話は変わりますが、食養生の中でも、健康食品の力は大きいですよ。例えば、中国に自生するキノコの一種「冬虫夏草」。古くから滋養強壮の秘薬として使われてきましたが、中国ではりっぱな漢方薬なのに日本では健康食品として分類されています。その人の未病の状態を改善して元の健康な状態に戻してくれるのも、こうした健康食品のお陰なんです。やはり大自然の中で生まれたものは、それだけ大自然の魂が入っているんですね。

山田

日本の文化は、その源流を中国に持つものが非常に多く、健康食品も中国の未病思想にもとづいて予防医学の視点から作られた、と言ってもいいと思います。

劉
日々の暮らしの中に溶け込む中国のお茶。味や香りを楽しむだけでなく、薬としても使われてきた。お茶にはそれぞれの特質があり、自分に合ったお茶を選ぶことが大切だ

日々の暮らしの中に溶け込む中国のお茶。味や香りを楽しむだけでなく、薬としても使われてきた。お茶にはそれぞれの特質があり、自分に合ったお茶を選ぶことが大切だ

「医食同源」と同じように中国には、お茶を薬として用いる「医茶同源」の考え方もあります。お茶の歴史は約3000年前との説もあり、漢方薬が確立する前は、お茶で病気を治していた時代もあったようです。今でも、中国には1000種類以上のお茶がありますが、中国の人たちは、単に嗜好品として飲むだけでなく、茶に含まれる薬効を重視しています。例えば脂っこい料理を食べた後は、プーアール茶やウーロン茶、ストレスが溜まったときには、香りのよいジャスミン茶をよく飲みますね。私も好きで、よくいただきます。

山田

劉先生は、女性の健康医学やアンチエイジングをライフワークとされていますね。

劉

そうです。いかに女性が美しく歳を重ねていけるか、という「ヘルシーエイジング」はこれからの中医学(東洋医学)のキーワードといってもいいでしょう。女性の体の悩みは、女性にしかわからない面が多く、なかなか男性には理解できないところが多いのも事実。その点、私は、女性医師だから女性の健康の悩みにはアプローチしやすいし、また女性の方も受け入れやすいと思いますね。人間の体は、表裏一体ですから、体の中で起こっているさまざまなトラブルは、顔のシミや吹き出物、肩凝りなどの形で未病として出てきます。男性に比べ、未病は特に女性に出やすい。しかも、女性がなりやすい未病の多くが「お血(おけつ)」が原因といっても過言ではありません。

山田

「お血」というのは、どのような状態を言うのでしょうか。

劉

「お血」というのは、血液がドロドロで、流れにくくなっている状態、いわば動脈硬化の前段階と言ってもよいでしょう。美肌や更年期の障害、さらに生理痛や子宮筋腫など婦人病の原因ともなりうる「女性の敵」。 血の状態が進行すれば、心筋梗塞や脳梗塞を招く恐れだってありますよ。

山田

放っといたら、怖いですね。お血の状態になると、どんな症状が出てくるんですか。

劉

例えば、手足の冷え、めまい、のぼせ、イライラ、便秘、肩凝り、不眠などいろんな自覚症状が出てきます。その多くが更年期障害の不定愁訴と重なるため、老化の引き金ともなりかねません。

山田

そうしますと、未病を治すには、まず血の状態を改善することが先決といえますね。ところで、日本の女性に多い特有の症状は何ですか。

冷え性に辛い夏場の冷房

劉

まず冷え性ですね。女性の約7割が問診で冷えを訴えると言われています。冷えがひどくなると、頭痛や肩凝り、不眠といった辛い症状を招きやすく、体内に冷えがたまると血行が悪くなり、血にもなりかねません。血になると、生理不順や不妊など女性特有のさまざまな症状を引き起こす恐れもあります。

山田

「冷えは万病のもと」といわれるのは、そういう意味なんですね。でも、寒い冬に短いスカートをはいたり、アイスクリームや冷たい飲み物、野菜、果物をとっている女性をよく見かけますが、冷え性の人はさらに体を冷やすことになって、健康によくないのではありませんか。また、夏でも通勤電車内や職場内の冷房も冷えすぎると辛いですね。

劉

でも、冷え性は、ただ手、足が冷えると思うのは、間違いなんです。実は免疫と関係があり、冷え性の人は、皆さん免疫力が落ちています。これを改善するには、まず日ごろの生活習慣を見直し、体を冷やさない工夫をすることです。それと、ふだんの生活の中で体を温める食べ物や飲み物を十分取ることも、とても大切なことですよ。

副交感神経と密接な腸の働き

山田

辛い便秘も女性に多いといわれていますね。冷えも便秘の原因の一つと聞いていますが…。

劉

よく、おわかりですね。日本の女性は冷え性が多いから便秘になる人も多いですよ。特に日本人は、遺伝的に腸が長くて細いのが特徴。食物繊維の多い食べ物もあまり食べませんね。だから欧米型の食生活を続けていると腸が詰まりやすいんです。それにストレスも影響します。腸は、リラックスしたときに働く副交感神経と深く関わっており、精神的なストレスが続くと、副交感神経が働かず、腸の働きも鈍って便秘になりやすい。体内に老廃物をためると、ニキビや吹き出物の原因にもなり、女性の健康と美容にとっては大敵なんです。だから、私は「食べたら、きちんと出す」とアドバイスしています。

山田

確かに私たちは食べることばかりに気をとられますが、排泄も同じくらい大事なんですね。便秘解消は健康管理上、軽視できないことがよくわかりました。

劉

女性の健康でもう一つ気になるのは、ダイエットです。食生活は、女性の生理と深く関わっています。激しくダイエットすると、生理が止まる恐れも出てきます。最近の若い女性は、お化粧は上手ですが、自分の体のサイクルや女性としての生理をきちんと理解している人が意外と少ないような気がします。「結婚する、しない」、「子どもをつくる、つくらない」は、個人のライフスタイルの問題なのでとやかく言えませんが、健康医学の立場からいえば、女性の機能をおろそかにすると、子宮や卵巣の働きが鈍くなり、更年期が早まる恐れだってありますよ。女性の生理を軽く考えてはいけません。もう少し、自分の体を大切にしてほしいですね。

山田

女性であれば、誰だって美しくやせたいと思うのは、自然な感情でしょう。しかし、健康に影響が出るほど激しくダイエットするのもどうかと思います。何事も「ほどほど」がよいのではないでしょうか。 もともと私は、体質が敏感なので薬を飲むと、すぐ効いてきます。医師の中には、その人の体質や体重などにお構いなく薬を処方する人もおり、そのまま飲んで効きすぎて困ることもありました。その点、漢方薬はその人の体質に合わせて処方されますから、私には合っているような気がします。

西洋薬と漢方薬 使い分けが大事

劉

西洋薬と漢方薬のどちらがよいかは、いちがいには言えませんね。病気の症状や医師の腕によっても違うし…。例えば、料理をつくる場合、漢方薬は「土鍋」、西洋薬は「電子レンジ」にたとえることができると思います。土鍋はグツグツと時間をかけて煮ますよね。時間はかかるけど3時間たっても料理は温かい。一方、電子レンジは、スイッチオンから、あっという間にできあがって食べられますが、さめやすい。でも忙しい現代人にとっては西洋薬は、とても便利ですよね。どちらもそれぞれ長所、短所がありますが、私は両方をそれぞれの場合に応じてうまく使い分けるべきだと思います。

山田

同感ですね。西洋の文化と東洋の文化にそれぞれの長所と短所があるように、西洋薬と漢方薬だって一長一短があります。その人の体質、病気の種類、症状、季節などによって上手に使い分けることが必要ではないでしょうか。特に漢方薬には、中国4000年の経験と知恵がいっぱい詰まっています。漢方薬を飲むことによって体質が改善され、自然治癒力を高めることで症状も改善されます。しかし、こうした中医学の考え方や漢方薬についても知らない日本人が多いような気がします。しかも、日本は国民の医療費削減と病気予防の意識普及は待ったなしの状態です。先生には、ぜひ未病をはじめとする中医学の考え方と漢方文化を日本で大いに広めていただきたいと思いますね。

劉

ありがとうございます。女性の健康医学が私のライフワーク。未病や医食同源、医茶同源などの考え方を普及すると同時に、東西医学の知恵と技術を融合させながら日本の女性が若く美しく、そして元気で長生きできるように提案していくのが私の使命と思っています。

(企画制作、写真提供:毎日新聞社広告局)

劉 影(リュウ・イン)

日本未病医学研究センター所長/医学博士。順天堂大学医学部内科学教室・消化器内科講座・非常勤講師。北京首都医科大学客員教授。特定非営利活動法人/気血水研究会理事長。
未病医学の先駆者として、特定保健用食品の研究開発はじめ、未病医学の治療や女性のアンチエイジングの研究などで実績をあげる。著書多数。
http://www.mibyo-center.org/