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山田英生対談録
予防医学 ~病気にならないために~

第九回 「がんと一緒に生きていく。そう考える時代ではないでしょうか?」

第九回 「がんと一緒に生きていく。そう考える時代ではないでしょうか?」

かつて「不治の病」と恐れられたがんですが、近年、医学の進歩によって治癒率が上がり、早期発見・早期治療をすれば再び健康な生活を送ることができる人が増えてきました。

がんは、「老化に伴う病気」でもあり、急速に高齢化が進む日本では生涯、2人に1人が何らかのがんにかかる、といわれています。

誰でもがんになりうる現代社会。これからは「がんと共存する時代」といえなくもありません。

日本の統合医療の第一人者で、東大名誉教授の渥美和彦さん(86)と山田英生・山田養蜂場代表(58)が、がん予防や健診の大切さ、がんとの上手な付き合い方などについて語り合いました。

がんと上手に付き合う時代へ。たとえ発症しても心を輝かせて生きていきたいものです。

むさぼり読んだ手塚作品

山田

渥美先生といえば、「鉄腕アトム」などの名作を生み出し、「漫画の神様」ともいわれた手塚治虫さんの旧友で、「鉄腕アトム」に登場する天才科学者、「お茶の水博士」のモデルの1人ともいわれていますが…。

渥美

彼とは、旧制北野中学(現大阪府立北野高等学校)の同級生で、教室では私の前の席に座っていました。授業中、よく鉛筆で四コマ漫画を描いては、うしろの席の私に回し、私はそれを次の人に配る役でした。漫画は、みんなで取り合いになるくらい、おもしろかったですよ。でも、当時「彼が天才だ」とは誰一人として知るはずもなく、見終わった彼の漫画は、そのままどこかに行ってしまいました。今では1枚100万円以上もするそうで、私もいろいろな漫画や似顔絵などを彼から100枚以上もらいましたが、今は手元に1枚もなく「本当にもったいないことをしたなぁ」とつくづく残念に思っています。そんな彼は昆虫が好きで、よく虫の絵などを描いていました。

山田

私も手塚さんの大ファンで、幼い頃は「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」、少年時代には「火の鳥」や「ブラックジャック」などを読んだのを覚えています。特にブラックジャックは、天才外科医を主人公に、「医療と生命」をテーマにした医療漫画であり、医学的にも専門的な描写が多く、渥美先生と同じ医者だった手塚さんらしい作品ですね。私が特に好きだった「火の鳥」は漫画の枠を越えた一つの文学であり、科学的であると同時に哲学的でもあると思います。

渥美

私が今でもはっきり覚えているのは、先の大戦で空襲を受けた際、中学生の彼が「おい、渥美、人は死んだらどうなるか知っているか」「死後の世界について、オマエ、考えたことがあるか」と突然話しかけてきた言葉です。当時から彼は、死や死後の世界などについて強い関心があり、のちの作品にも生と死に対する彼の考え方などが実によく表現されている、と思いました。また、科学にめっぽう強く、先を見通す能力もありましたね。

がんと共存する時代

山田

手塚さんは生涯、多くの作品を生み出し、漫画だけでなくアニメーションの世界にも多くの業績を残したほか、「文学や映画などあらゆるジャンルに影響を与えた」といわれています。そんな手塚さんも1989年、60歳の若さで亡くなられました。

渥美

胃がんでしたね。私はがんを引き起こす原因の一つとして、精神的なストレスもあると思っています。「漫画の神様」とか「天才」といわれた彼も、私の知る限り漫画を描くことに相当悩み、苦しんでいたようです。さらに周囲の期待に応えようとする責任感などから寝食を忘れて創作活動に没頭し、病に気づくのが遅れたのではないかと思います。当時、本人には「がん」と伝えられてはいませんでしたが、医師でもある彼は、自分の本当の病名が何かを薄々と知っていたのではないでしょうか。17歳で漫画家としてプロデビューしましたが、天才が刻む時間は、私たちのそれよりはるかに速かったように思いますね。

山田

手塚さんが、がんで亡くなられてから早いもので25年以上が過ぎ、当時と比べ日本人のがんに対する見方や考え方も大きく変わったような気がします。当時がんは、まだ「不治の病」と恐れられ、告知もはばかられる時代でしたが、がんは一種の老化現象でもあり、高齢化とともに、今では国民の2人に1人が生涯、何らかのがんに罹る時代です。しかも、治療の進歩などによって全体の約6割が、早期がんに限れば約9割以上が治ると聞きました。その意味で、がんは誰でもなりうる「一般的な病気」であり、罹ったら「長く付き合っていく慢性病」ともいえますね。

渥美

確かに新しい治療法が次々と生み出され、「がん=不治の病」というイメージは大きく変わりました。それでも、「がん」と宣告された患者さんは、大変なショックを受け、絶望の淵に追い込まれる人も少なくありません。今後の仕事や家族のこと、これからの暮らしはどうなるのか、さまざまな思いが頭の中を駆け巡り、不安が心に重くのしかかることもあるでしょう。医師の私だって、突然「がん」と宣告されたら、すんなり受け入れられるかどうか、自信がありません。

全人的医療が大切に

山田

職場でバリバリ働いて会社や一家の暮らしを支えていた人が、突然「がん」と診断され、それを機に治療などでそれまでの生活ができなくなったら、孤独感や疎外感、絶望感などに襲われることも多いのではないでしょうか。がんになっても安心して暮らせる社会が一日も早く訪れてほしいですね。

渥美

その通りです。もともと、日本人にはがんのようにジワリジワリと死に近づく病気を嫌い、桜の花が一夜でパッと散るような潔い死に方を好む傾向がありました。がんは、治療に要する時間が長く、時には痛みや苦しみを伴う場合もあります。だからこそ人は、余計に「がんにはなりたくない」と思うのでしょう。できれば直前までピンピン元気でいて、ある日突然コロリと息を引き取る死に方が理想と思っている人も多いのではないでしょうか。

山田

その気持ち、よく分かりますね。がんによる心身の痛みを和らげてQOL(生活の質)を高める緩和ケアは、以前は治療の手段がなくなった末期になってから受けるイメージがありました。でも今は、治療の初期の段階から受けられ、それも単に身体の痛みを和らげるだけでなく、告知されたときのショックや不安、副作用の軽減などにも施される、と聞きました。

渥美

これまでの医療は、あまりにも病気を「治す」ことに専念し、それ以外のことには関心が薄かったような気がします。これからは、患者さんを「癒す」ことにも力を入れ、病気を「防ぐ」「治す」に、「癒す」を加えた全人的な医療が大切になると思います。

私が今、財団の活動を通じて目ざしているものは、真の医療を支える仕組みづくりをすることです。そのためには、「衣食住」という日常生活を通じて「心と体を癒す」製品の発掘や技術の開発などが欠かせません。病気の予防や、自分で自分の健康を管理する「セルフケア」が容易に実現できる社会をつくるため、私は今、新しい医療産業の創出を進めています。

「心」がQOLのカギを握る

2014年に発表された健康とされる基準範囲

山田

「病は気から」という言葉がありますが、心の持ち方が患者さんの症状の改善に大きな影響を与える、といわれています。病を癒すには、医師の力はもちろんですが、患者さん自身の病気に立ち向かう気持ちや心構えも大切でしょう。

渥美

その通りです。がん患者の「心の状態と生存率」を比較したデータによると、D「もうだめだ」と絶望したり、C「自分は病気なんだ」と自覚だけした人の10年生存率は3割程度で、B「がんではない」と否定した人は5割程度、A「がんと戦う」と奮起した人は8割程度という結果でした。やはり、心のあり方が延命だけでなく、QOLを高めることにもつながると思いますね。

山田

がんは、年齢を重ねるごとに罹る人が増え、国立がん研究センターでは、2015年に新たにがんと診断される人は98万2100人、亡くなる人は37万900人、と予測しています。これから超高齢社会が続けば、がんにかかる人はさらに増えることが予想されます。もし、「がん」と診断されたら、どのようにがんと向き合っていけばよいのでしょうか。

がんと上手に付き合う

渥美

がんは、実にやっかいな病気であり、手術で病巣をきれいに取っても、いつ転移したり、再発するかわかりません。定期的に検査を受け、日々の体調管理に気を遣う必要があります。また、心のあり方が重要な影響を与えることも間違いありません。

例えば、「プラセボ効果」といって、効果がない偽薬を医師から処方されたのに、病気が確実に治癒する患者さんが実際にいます。これは、その人の精神状態が治療効果に好影響を与えた結果だ、といえますね。

山田

不思議な現象ですね。

渥美

特にがんが、かなり進行してしまった場合、患者さん自身がどのような精神状態に持っていくかがカギになります。「絶対に再発や転移は嫌だ」「何としても完治させたい」との思いもよくわかりますが、私としては、「病」と向き合いながら「長く付き合っていく」「一緒に生きて行く」という考え方も選択肢の一つにある、と考えています。

山田

確かに健康だった人ががんになったことは、不運かもしれません。でも「キャンサーギフト(がんからの贈り物)」という言葉があるように、「がんになったことによって得られたものもたくさんあった」と語る人もいますし、実際心を輝かせて生きておられる方も少なくありません。要は、病気と正面から向き合っていくことで、さらに充実した人生へと昇華していくことが大切ではないでしょうか。

山田 英生(やまだ・ひでお)

山田 英生(やまだ・ひでお)

山田養蜂場代表:1957年岡山に生まれる。1983年に家業の養蜂場を継ぐも、厳しい経営環境の中、活路を通販に求め、現山田養蜂場を築く。予防医学の観点から健康食品の開発をしている。みつばち健康科学研究所・免疫分析研究センターなどの機関を持ち、研究活動に力を入れている。また、自然保護や教育メセナに積極的に取り組んでいる。

渥美 和彦(あつみ・かずひこ)

渥美 和彦(あつみ・かずひこ)

(財)渥美和彦記念未来健康医療財団理事長・日本統合医療学会名誉理事長・東大名誉教授:1928年大阪生まれ。1954年東大医学部卒業後、人工心臓やレーザー治療などの研究に取り組む。1984年、人工心臓を装着したヤギの生存世界記録を達成。東大医学部教授などを経て現職。

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